短編

与太文

情報屋さんとお医者さん

北の裏街には「狭間通り」という呼称がある。鬼が蔓延《はびこ》り社会を形成《つく》り、軽重犯罪をはぐくむ温床として発展が認められた不名誉の証。『やめときなって、ご主人』「だってあの人、きちんとしてそうに...
短編

不出来なひと(風見、氷崎)

職員室の扉を開ける。「失礼しゃーっす」 ぬくまった空気は随分ふかふかとしていて、冷え切ってしまっていた顔も耳も、指先も。じんわりと暖まる心地がした。 夕方だというのに窓ガラスは黒一色に寒々しく、煌々と...
短編

ナツとの邂逅(冬部、棗)

じっとりとかいた汗が、まったくもって乾かない。 茹だるような暑さだった。身体を巡る血液がぬるま湯に入れ替えられたみたいだ。同じように夏にあてられた名前も知らない誰かの汗が、滲んで、漂って――この一帯に...
短編

雨と陽の花(紫乃、和泉)

梅雨と猛暑の変わり目は、頭が重い。湿気のせいか、気圧なのか、それとも酷暑の夏バテか。――あれかな、珍しく真面目に部活動してたからかな。 スケッチブックから目を離した先。窓はすっかり藍色だ。雨雲が立ち込...
与太文

ポッキー(雨屋、棗)

「ん」 彼は甘いものが好きだと、私は知っている。「大学で貢がれた」「なるほど。大学生くらいのお年であれば……『ポッキーの日』と仰る、あれでしょうか?」「そ。それ」 鼻先に触れていた紙の箱が、すいと離れ...
与太文

情報屋さんの相棒には秘密がある

「人肉を好んで狩りに行く鬼?」「はい。そういう鬼さんって居ますか」「いないいないいない、そんなん居たら早急に首輪つけないと職務怠慢でこっちが死ぬ」「いつもありがとうございます」 裏街の治安維持に与する...
与太文

傍観する情報屋さん

錆びた動物病院の看板かたむくコンクリートの屋上階。小柄な少年がへりに腰掛け、ぷらんと足を宙に投げ出す。汚れたスニーカーが夜を蹴飛ばした。 少年は調査依頼を請ける個人業者だ。 情報屋と呼ばれる界隈の端く...
与太文

バレンタイン+氷崎誕(後編)

2月14日 18:03 高校 生徒玄関「受験生ってこんな遅くまで授業あんの? やべーな」「たまたま先生に捕まっただけだよ。……もしかして、ずっと待ってたの?」 生徒玄関で待ちぼうけを食っていた風見が、...
短編

ひとつ(和泉、相良)

俺達が昔からやっていた遊び。 部屋を暗くして、目を瞑って、向かい合ったお互いを抱きしめあって動きを止める。たったそれだけ。「どれが俺の手なのか、足なのか、分かんなくなってくるね」「兄さんの背中にあるの...
短編

夜道(棗、雨屋)

乗用車がすれ違うだけで、通行人が立ち止まりかけるほど狭い。そういう窮屈な道ばかりだ。 一時的にでも雪溶けた道は、それでも積雪時よりは歩きやすくなっている。ただ、冷たく澄んだ夜の空気は、まだ色濃い雪の気...