あなたが幸せになるための朝(幼)

あなたが幸せになるための朝(幼)

不介入

雪融けと春一番が過ぎ去っても、少女は社に現れなかった。 母子の家はもぬけの殻だった。母親の死を切っ掛けに身寄りを喪った子どもは、既に楽団へ引き取られた後だと――俺にそんな話をする老いた男は、弔いの花束...
あなたが幸せになるための朝(幼)

少女の秘める魔法の正体

母が亡くなって以来、兄は抜け殻になった。 部屋の隅で毛布を被り、一日中泣きながら膝を抱えている。母と同じにきらきら輝いていた星の瞳が、いまは鈍く澱《よど》んでいた。私の声も届いてはいまい。 母の葬儀は...
あなたが幸せになるための朝(幼)

不仲③

少女の母親は俺を引き留めた。時間は持て余している、断る理由もなかった。 星を数える声が、真夜中の冷えた空気を震わせるのを聞いていた。まだ夜明けは遠い。痩せた手が子をあやし、双子は猫のように寝返りをうつ...
あなたが幸せになるための朝(幼)

不仲②

ばさばさと、俺の頭上から紙が落ちる。 五線紙と音符記号。見慣れぬ規則に忠実に従い、連なり重なる音符の群れ。「真面目な話をしてしまえば、この家にあるのは山のような楽譜と本だけだ。金銭目当てなら他所を当た...
あなたが幸せになるための朝(幼)

不仲①

初雪が舞って以来、少女は社に来なくなった。 じき獣道も大雪で埋まった。誰も立ち入れない場所で人を待っても仕方がない。 春を待ちながら、俺は、不死身の役割を黙々と消化した。 まだ幼い(とはいえ齢《よわい...
あなたが幸せになるための朝(幼)

少女の兄と、冬の訪れ

「相良。いつもお昼、どこに行ってるの?」 兄が夜着へと着替え、寝台に潜る私に尋ねた。 暗い部屋の中で、兄の金色の瞳だけがぴかぴかと目を惹く。「知人のところです。そう、話していませんでしたか」「……うん...
あなたが幸せになるための朝(幼)

不遠慮

私達を身篭《みごも》る前の母は、万の観客を魅了する歌姫だった。 母は生来の表現者であり、こと言語化できない感情に込められる熱量は凄まじかった。救われない慟哭《どうこく》を歌ったのと同じ喉で、うら若き初...
あなたが幸せになるための朝(幼)

不可知

『人間は、自分の背中を見ることができない』。そう言った人物がいた。 俺は定期的に、市井で怪物の伝聞を探す。大衆が信じる姿に近いほど適切で、真摯な研究論文より民衆に好まれる醜聞の方が上等。それを通俗的と...
あなたが幸せになるための朝(幼)

不実

「身体だけの関係はもう嫌。あたしは本気であなたが好きなの」「そうか。二度と会うことは無いな」 最後の煙草をふかし終え、女のもとから姿を消した。 俺たちは基本的に人と番《つが》わない。不死者のためではな...
あなたが幸せになるための朝(幼)

少女の周りのひとたち

母は美しい人だ。美しく微笑んだままやらかす人だ。 思えば母は家事を苦手としていたのだろう。厨《くりや》で火柱を立て、村の女性が悲鳴を上げて転がり込むのがしょっちゅうだった。そのたび愉快そうに来客をもて...