あかつきに花

あかつきに花

3-8

あたしの言葉遣いと怒り方の癖は、きっと母親譲りだ。 両親の声といえば、口喧嘩ばかり聞いていた気がする。母の甲高い金切り声と、目も当てられない罵りあいが、小さな家を揺らしていた。 子供部屋の隅、侮辱の意...
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3-7

派手な物音を立て、銀の膿盆が床を転がる。 入院着から伸びる生白い手足がばたつく。点滴の管が跳ねる。痩せ細った身の抵抗は弱く、看護師が難なく押さえた。 採血の針が和泉に迫る。「やだ、っ嫌だ……」 青ざめ...
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3-6

解っていたはずだった。 人間は、半分だけ、欠けたままでは生きられない。 去年の冬、相良《あのこ》の手を取らなかった選択――この生は。きっと、ずっと昔から、 はじめから、間違ってた。 記憶におぼろげな死...
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3-5

彼女はいつも、一人でいる子の傍にいた。 弱いもの虐めや仲間はずれ、嘘の類は大嫌い。可憐な見た目と裏腹に、男の子達に臆せず渡りあう強さもある。彼女を煙たがる悪餓鬼はいても、嫌悪する人間はいなかった。 あ...
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3-4

おぞましいものを見た。 呼吸を忘れた。嘔気がせり上がった。息の吐き方が分からなくなりかけて、しばらく口を塞いでいた。 息を飲むほどに美しい人形は、好きなひとの死体で出来ていた。「紫乃! 何処に行くつも...
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3-3

北地区、ある公立高校の美術室で、蒟蒻《こんにゃく》のような悲鳴があがった。「どしたの、次イベ告知出た?」「え、や、へへ、あっあの、……ごめんトイレ!!」 カンバスに向き合う部長の背を後目に、紫乃《しの...
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3-2

神さまに会ったことがある。 つい先日のことだった。普段、過去の追憶と回顧で終わることの多い夢は、その日はどこか、造花のように冷えていた。 自分という意識があり、夢という自覚がある。思い通りに動くことが...
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3-1

北方の地方都市――観光史跡と桜で名高い街は、早くも冬の冷気を纏いはじめていた。木枯らしが秋を攫い、色めく紅葉を散らしゆく。 そんな風情も縁遠い、放置されたビル群ひしめく夜更けの路地で、銃声が響いた。 ...
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3-0

病院で目が覚めたとき――「俺」は、「私」だった。 周りの色んな人に言っても、誰ひとり信じてくれなかった。「目覚めたばかりで混乱しているのかもしれない」「脳に異常があるのかも」「事件の記憶を、他人の人格...