あかつきに花

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3-12

彼女の自覚した悪の定義は、他者の境界《さかい》の侵害である。 元来ただしく保障されうる権利、財産、生命にその他。あらゆる他者の領分を侵し、みだりに壊し、奪うこと。 秩序の破壊を咎める理性を、我欲が上回...
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3-11-6

諭されてすぐ「分かりました」と辞められました、などと――潔い幕引きだったなら、話も早いが。 代行屋と関係無くとも、狭間通りに向かう用事がほどほどにあるらしく(ヤク中ではない)、顔を隠して通う道すがら、...
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3-11-5

狭間通りの人間に関わらないよう彼女を諭した身だが、俺は他人に説教をできる立場ではない。己もまた鬼や犯罪者との繋がりを持ち、――裏街と繋がって利益を得る人間の一人、なのだから。 後暗い所はない。狭間通り...
あかつきに花

3-11-4

「……考えはしたよ。牧之さんにシロ君を紹介したらどうかな、とさ。でも流石に、……元セフレに元彼氏を紹介するって字面がさぁ……」「あれは『作法』とやらを守っている。顧客情報は一切喋る様子がないから安心し...
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3-11-3

「久しぶりと、喫茶店のあかるい前途を祝して。かんぱーい」 別れ話以来、数ヶ月。蒸した梅雨が秋の長雨に変わる頃、喫茶店を訪ねたいと話していた彼女との口約束が実現した。「開店から暫くだからな。祝い文句は嬉...
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3-11-2

「女性の好みが似通っているのでしょう。お兄さんとは、美味しいお酒が飲めそうですね」「…………一切合切お断りだ」 放り出したはずの厄種は、ヒモとして拾われていたらしい。 望まない再会は数日後。最寄りのス...
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3-11-1

暴力的なまでの雨音が、夜を軋ませていた。 街は雨で白く煙《けぶ》る。水面に揺れるような視界は、一歩先すら曖昧だ。革靴はじっとりと浸水して、歩く毎、冷たい不快感が染み出す。 薄い折り畳み傘を傾けた。すぐ...
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3-10-2

日の落ちた街を、転がる様な足音が駆けていく。 暗い深緑の隊服がはためく。武具の携帯と荒事が許される免罪符が、病室に置いてあったのは幸いだった。「街中で立ち竦まれたら困ります。音はなるべく聞かないように...
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3-10-1

健康そうな青年の姿は、昼下がりの病院の賑わいにはそぐわない。 黒縁眼鏡に患者でごった返す受付を映し、用向きも無く通り過ぎた。ナースステーションを覗いて、ある患者への面会を申し入れる。「こんにちはお兄さ...
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3-9

身体の回復につれ、和泉は病室を抜け出すようになった。看護師や医師、見舞い客の足音から逃げるように。身を縮めて、見知らぬ誰かから隠れるように。 顔の見えない足音が迫って来るのに耐えられなかった。 この人...