あかつきに花

あかつきに花

暗転

早朝の闇のなか、地下へ降りてくる靴音がある。 かつんと硬質な威嚇を聞き取り、牢の中の囚人がゆっくり起きだした。「出ろ。雨屋浩太」 彼は柔和に微笑んで、高圧的な指示通り従順に身支度を整えた。 聴取はとう...
あかつきに花

エピローグ

街を埋める大雪が降り、北の土地が本格的な冬景色へ塗り替えられた日から、おかしな噂がいくつか流れた。 曰く、北の人間が誰もはっきりと思い出せない一日があるとか。 曰く、自然公園に、季節はずれの桜が満開に...
あかつきに花

3-15-4

遊は寒さに身震いした。 目を開けたそこは雪に覆われた自然公園で、氷の粒は今も空からとめどなく舞い落ちている。陽は落ちているが雪の白さで景色は明るい。 目の端をかすめた花弁の一枚に、古い記憶が熱を持つ。...
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幕間:研究者の手記・前

森の奥地で火の手が上がった。幸運にも雨が降り鎮火は叶ったが、延焼は広範囲に及んだ。 雪夜に見上げたかの大樹は、焼跡の中に幻と消えた。 樹木の正体を、一帯の植生から絞り込もうとした。しかし特定は出来なか...
あかつきに花

3-15-3

雪曇りの街の中、ひとつの店の窓だけに暖色の灯が点っている。 自然公園から戻った雪平を出迎えたのは、喫茶店の前で風見を抱える紫乃と和泉だった。泣きじゃくる二人に暖かいココアを振舞い宥めた彼は、涙が引いた...
あかつきに花

3-15-2

連日の氷点下を反転させた冬晴れは、重い雪雲に覆われてしまった。 陽気が翳った北の街に、音もなく霧が満ち始めた。 霧というのは不思議なもので、自身の周りは「そう」は見えない。霧など幻ではと疑う。でも振り...
あかつきに花

幕間:研究者の手記・後

実験には人間が必要だった。 失踪も消失も問題とされない人間が、必要だった。 殺人、不貞、窃盗その他。戒律に触れ処刑を待つばかりの人間に声を掛けて回った。 殺してしまうのなら、ボクが貰っても構わないだろ...
あかつきに花

3-15-1

その日は朝から、冬には珍しい陽射しが街を照らしていた。 降っては溶けを繰り返しながら雪の支配は延びてゆき、気温の低下が続いた矢先の気まぐれだった。頑固に残った氷の残骸もすっかり溶け、防寒具が熱をたくわ...
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3-14

長く療養を続けてきた和泉が退院するらしい。 その報せはもちろん風見の耳にも届いた。面会謝絶の主因であった精神面の不調も快復がみられ、日常生活に支障はないと判断されたようだった。――それはすなわち面会謝...
あかつきに花

3-13

異類対策本部北支部、職員駐車場に停車する警邏車両の一台。 運転席で人を待っていた棗は、窓ガラスを叩く大男を怪訝に見た。「今日のシフト、氷崎が都合悪くなったらしくてよ。連絡いってねぇか?」 冬部に促され...