夜を越えて、きみと

夜を越えて、きみと

エピローグ

「和泉の処分は認めねぇ」 中央から派遣され、和泉を殺害するための指揮を担う男のデスクに、冬部は真っ向、異議申し立ての書面を叩き付けた。 不慣れながら、見真似で作成した抗議文の最大の根拠は、和泉が鬼に変...
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1-9 雪の街

音高く、雪風が鳴いた。 大粒の結晶が緩急に踊って、真っ白な路に舞う。力なく横たわる男の手に、薄氷が降り始めていた。 微かに動く。ざりざりと、指が積雪を抉った。 同じように倒れ伏す、揃いの装備のチームの...
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1-8 白

――これは全て、俺の、後悔のお話です。 母さんの音は、この世の誰よりも鮮やかでした。 太陽に照らされてきらきら光る、翠を秘めた深い黒髪。どんな色も溶かし込んだ万華鏡みたいな黒は、母さんの操る声とそっく...
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1-7 再会

初雪は、随分と気が早いようだった。 無骨なコンクリートの塊。吹き曝《さら》しのホームに、雪の粒がさらさらと踊る。 ハイヒールを鳴らし、ホームに降り立ったパンツスーツ姿の女は、ちょうど滑り込んだばかりの...
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1-6 調査

結局のところ対策部というのも、鬼と同様、腫物に過ぎない。「どうしてできないことがある! お前の裁量でどうにでもなるだろうが!!」 冬部が通報に駆け付けた先は、北では大手の銀行だった。鬼と化したのは銀行...
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1-5 宵と縁

こんこん、と。控えめなノックの音。 対策本部北支部研究棟、白幡研究室。デスクで伏したままの浅い仮眠が覚めて、昨日張った付箋紙と目が合った。頭が勝手に文字を読み取り、自動人形のように動いた手足が来客を招...
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1-4 風見鶏

斜陽に包まれる教室には、制汗剤の甘さが微かに残っていた。 佇む影は二つ――声が出てくれない。喉が詰まったようになる。焦るほど塞ぐ気道に、彼女は何度も浅い呼吸を繰り返した。握る手のひらが滑る感覚にばかり...
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1-3 逃げ水

――夜半。 北地区駅前大通り沿い、某ホテル客室。客層として不自然な男子高校生二人組は、私服とはいえ違和感の塊だ。 豪奢な絨毯で機材を広げる氷崎を横目に、風見がベッドで寝転んでいた。時折思い出したように...
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1-2 花冷え

端末で見ている地図が何回転したか分からない。 白壁の土蔵らしき廃屋を通りすがり、スニーカーが立ち止まる。地図に重ねる景色の中、太陽の光に赤らんだ彼の茶髪が、季節外れの紅葉めいている。「あのさーイズミち...
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1-1 少女と護衛

「妹を探しています」 少年の声は、凛と鳴った。 辺りに満ちる喧騒と本質的に異なる声は、聞き取りに難くない。小柄な少年に向かい合うのは、少年よりもかなり上背の高い、大柄な男。 うかがえる気迫に圧され、男...