怪物は再会する②

「タタラの所の退治屋? そうねぇ、北の土地守ばけものに挨拶に来てくれた人間なんて初めてだし、面白いから茶飲み友達にもなってあげてるけど。それがなぁに?」
 赤を帯びる金髪ブロンドは、やわらかな桜色に光って揺れる。
 北の土地守および監視役――獏は、珍しく街に降りていた。腰まで伸びた人目を引く髪色ストロベリーブロンドを術式による認知阻害で誤魔化し、何食わぬ顔で紅茶をたのしみ優雅に微笑む。
「ていうか、会議に上げて合意取ったじゃない。異議があるにしてもいまさらよ」
「……この国に鬼化変異を認知させる。鬼の人権を認めさせるため実力行使も辞さない。そんな暴力思想に付き合うつもりだとは聞いていない」
「その瞬間、一番効果的な手段を選ぶだけでしょう。それが暴力や脅迫だったらそうなるかも知れないけれど時の運よ。タタラの根回しと情勢次第で決まること」
――鬼と呼ばれる有角の異形は、人間の成れの果てである。
 退治を担う自警団や武系貴族、地方の暴力稼業まで察している公然の秘密――鬼化変異は遅かれ早かれ証明される事象だ。科学的な論文は既にある。当の科学者は非道な人体実験を繰り返した報復を受けて死んだが。
 公的な認知さえ伴えば社会は変わる。その転換点を利用して不死者の隠匿を織り込むべきだと獏が主張し、有力な不死者達の合意を得たのは最近のことだ――が、
「テロリズムまで予見できるなら好きにさせるな。無用な混乱を招く」
 獏が突然、茶器をがちゃりと叩き付けた。
 そのままじろりと俺を睨む。女性的な美形がかもす重圧とは思えない。嫌な予感がした。
「鬼化変異の認知を広めることで、鬼の存在を生贄スケープゴート不死者ばけものたちを世間の目から隠す――タタラは不死者の隠匿に同意してあたしと契約を交わした。術式の拘束力くらい想像できないかしら。好きにさせるな? このあたしが人間にほだされるとでも思ってんの? どっかの色ボケと一緒にしないで欲しいわね」
「……文脈からして俺に苦情があることは理解する。だがその呼称は事実無根だ。根拠のない誹謗中傷は受け入れない」
「なら遠慮なく言わせてもらうわ、あんたのお気に入りの話よ。あんたの容姿は昔と別人。それなのにあの子はあんたを『マキ』とかいう同一個体と認識している。……あんたがボロ出して吸血鬼の変身能力喋った以外に理由があるかしら。ふざけてんの? 記憶処理じゃ物足りないなら殺処理しても構わないわよ」
 地声の低さが露呈している。鍍金めっきが剥がれているぞと流しかけて固まった。

「……なんでいきなり黙るのよ。馬鹿みたいな顔しないでくれない? とりあえず喋りなさい、弁明か自白か。どっち?」
「……どちらでもない。恐らくだが……あれは肉声で個体を識別している。俺も違和感が強いから、声は昔と同じままだった。だから認識された。悪かった」
「…………声以外の外観情報なんにも記憶されてないの? あんた」
 笑うな。うるさい。黙れ。
 獏は癇癪かんしゃくを引っ込め、愉悦と哀れみを半分ずつに俺を眺めた。感情任せな怒涛の苦情が止んだというのに倦怠感が著しい。立ち話を怪訝がる従業員へ退店を申告する。
「俺は帰る。邪魔したな」
「ああ、やあっと分かったわ。タタラの組織の詳細とかなんで今更って身構えたけど、そうよねぇ。あの子が加入したものねぇ。安心なさいな割と良心的なほうよ」
「何を想像してるか知らんがお前の面白がる類ではない」
 タタラが唱える物騒な思想を耳に挟んだから、獏も承知の上か確かめただけだ。
 ついでに、毒の鑑定をさせる組織が良心的とは思わないので依然としておかしいのは少女のほうだ。俺ではない。

『お困りごとは此方に連絡を。琥珀と伝えて頂ければ、私がご用命を承ります』
 返したいものがあるから会って欲しいと言われた。断る理由は無い。
 その間に少女を観察していれば、自死に至らしめる原因も見つかるだろうか。あの清廉な刀が折れるほどの要因。さいわい時間は飽くほど持て余しているから。

 獏がぽかんと俺を見ていた。茶器から紅茶が零れている。
 発言を促したが濁された。笑われている気もする。度重なる催促でようやく一言、
「いや、……だってあんた、あの子に惚れてんのよね?」
 そのようなことは絶対にない。