縁遠い(氷崎、風見)

 高校のクラス会、らしかった。

 連絡先はみんな切っていたから安心していたのに、いちばん警戒しなきゃならない人間はすぐ傍にいた。主催からの招集を僕の分まで安請け合いして、当日いきなり行先も言わず連れ出した。「いいから行こうぜ」とにやにやしている辺りで察して問い詰めてしまえばよかったと考えてももう遅い。
 お酒もお酒の席も苦手だ。人数が集まるならなおさら。百人越えの規模になってしまえばひとりやふたりは背景にしてもらえるけれど、数十人で居酒屋のテーブルを囲むとなるとそうもいかない。
 鼻の奥がひりつくような、お酒の匂いを嗅ぐだけで頭がぐわんと揺れる気がする。それを原液でいくつも飲み干して、調子はずれの高い声で盛り上がる宴会の楽しみは以前から縁遠く感じているけれど、酒気の回った人達だけで話に夢中になってくれもするからお酒の力はありがたい。

 今晩の元凶は、上機嫌に酒を煽って眠りこみ居酒屋の畳に転がっている。
「潰されないでよ」
 一次会はお開きになった。二次会はもう断ってある。この人間は調子がいいから、おおかた幹事あたりに面白がられて置去りにされかけられているに違いなかった。
 支払いも済ませて僕もそのまま帰ろうとしたのに、「それ」を持って行ってほしいと冗談交じりに言われてしまった。僕をここまで連れて来たのがそいつだというのは、取り合わせのインパクトも相まって強く記憶に残されてしまったらしい。
『風見君と趣味合うの?』ひとつも合わないよ。
『なんで仲いいの?』なんでだろうね、僕もわからない。仲良くなることはないと思ってたから。
 泥酔の身体に鞄を引っ掛け、襟首掴んで引きずり出す。親切な同級生が靴を探してくれた。「ありがとう」と礼を伝えたその人は、僕の手元で荷物のような様相になったそいつを驚いた顔で見つめている。
「……風見のこと、起こしてやったら?」
「そうだね。自分で歩いてもらわないと」

 日が長い。空が真っ赤に焼けている。風は涼しいけれど、この季節なら野宿も問題ないと踏む。
 手近なベンチに寝かせたところで「それ」が動いて起きだした。「……そと?」「うん、外」辺りを見回して、飲み会が終わったことは分かったらしい。
 酔いの抜けない赤ら顔のまま立ち上がった。服をはたいて満面に笑う。
「なーなーすばる。おれにおんぶさしてくんね? そんで帰ろ」
「ごめん意味がわからない」
「あしもとフワフワして、飛んでっちまいそーでさぁ。重さがほしいっつーか、バランスがさぁ」
 何を言ってるんだろう。酔った人間とまともな会話が出来るとは思わないけれど。
 ぐいと腕が引かれ足が地面から浮いた。
「……っちょ、っ!?」
――下手に動くと頭から落ちる。
 身の安全の為しがみついた。酔ったせいなのか、体温が高い。そいつがひどく楽しそうに笑って、酒気に思わず顔を背ける。
 背負う位置を微調整して、そのままふらりと歩きだした。
「どこに帰るつもりなの」
「えー? おれんち」
「僕を背負って?」
「泊まってかねえ?」
「どちらかというと今すぐ一人で帰りたい」
 通じない。駄目だ。置いていきたい。家に泊まるような間柄でもない。
「ぜってぇおとさねーって、安心しろって」
「泥酔した人に言われても無理」
「っはは、容赦ねえー! すばるサイコー! だいすき!」
 そういう所が理解できない。
 軽々しく、何も考えず。受け取る相手に釣り合わない好意を押し売りまがいに振りまく神経は、たぶん一生わからない。

 千鳥足にふらつく歩みは、――危惧の通り、そう進まないうちにくしゃりと潰れて、僕はそいつを下敷きに、道端で倒れる羽目になった。
 地面に転がったそいつは、酔いが回ってよく眠っている。揺すったところで起きそうにない。

 膝についた土を払って、酔っ払いを端に寄せ、この荷の運び屋になりそうな顔を頼りに、端末から呼び出しをかけた。
「……もしもし。泥酔した馬鹿ひとり運ぶの手伝って。至急」