閑話:悪友

「そういうわけで、師匠に破門されました」
「ひと言で済ましていい話じゃ無くね?」
「仕方ないよね。あの人言いだしたらきかないし」
「飲み込めねぇのオレだけ? ウソじゃん」
 琥珀とヒサメが納得する横で、アザミ一人が懸命に疑問符を主張する。
 年頃の近い同僚でもある友人三者の関係は、おおむねこのような様相だ。

 冬場は日も短く、酒場は早い時刻から賑わいはじめる。
 雪深い北にはそうでなくとも娯楽が少ない。手っ取り早く酒か花街、出稼ぎなら南へ向かう。喧騒を嫌う人間が二人いることもあり、普段なら便利屋本部で済ませただろう会話は――琥珀が追放処分を言い渡されたことにより手近な酒場で行われていた。

 ヒサメが下戸のため、酒の匂いが薄い入口付近を待合せに使っただけだが。
 今晩もひどく冷え込む。店を移すなら目的地は決めたい。雑談が長引くなら暖の取れる屋内がいいだろうと話すうち、すこし長居が過ぎていた。
 アザミの質問攻めを流す琥珀は、ヒサメに事務的な話を持ち掛けている。
「どの様な職に落ち着くかは解りませんが、ヒサメ殿の毒薬を使えなくなるのは困るなと思いまして。個人的な取引の形で扱って頂くことは可能ですか?」
「いいよ。連絡手段はアザミでいい?」
「オレかよ!? いいけどさぁ、琥珀オレの居場所なんか分かんなくね?」
「たいてい花街か賭場でしょう」
「げ、……っいやいやいや。絶対来んな! 頼むから!!」
「報酬は、そうですね……ツケでも立替えましょうか。いかがです?」
「えっマジ? 超やるマジやる。今すぐにでも頼むわ……っ〜〜でもやっぱ、お前に来て欲しくねぇんだよなぁ……!」
「交渉成立ですね。よろしくお願いします」
 うやうやしく礼した琥珀に、アザミが掴みかかる。琥珀の表情筋は微動だにしない。
「……聞けよ! どうしてですかって! 聞けよ!?」
「本命の子が、酔い潰れたアザミじゃなくて回収に来た琥珀のほうを好きになるからでしょ。耳にたこできるくらい聞いたよ」
「伊達に貴方の酒代立て替えてませんからね。羽振りの良さそうな人間カモるために探り入れてるだけですよ、それ」
「だろうね。僕も用事があればお願いしに行くよ。転居するようなら教えてね」
「畏まりました」
 琥珀とヒサメの協力関係は平和的に締結された。
 対照的にアザミはうずくまって動かない。平静な二人をじろりと睨む。
「……ちげーし、ガチ恋の顔してんだし……もういいよ。どうせお前らに言ったって分かんねーよ…………」
「そうだね。ごめんね」
「気落ちなさらないでください。分からないことには違いありませんが」
「お前らほんとに人の心ある?」
 恋愛相談か――ヒサメと琥珀が視線を交わす。
 難しくはないだろう。アザミは恋愛体質だ。本人にその気があるならどうにかなる。
 ただし、もっと手っ取り早くしたいのなら改善点も無くはない。意見が一致して、二人の視線はアザミに集まった。
「……えっ、何。真顔で見られんの怖えんだけど」
「いいや? アザミは恋人が欲しいのかなって。ね」
「……そりゃ欲しいけど、……なに? 紹介してくれんの?」
「いえ。アザミ殿は人格者ですから今でも十分お幸せになれますよ。ですが恐らく……ヒサメ殿も。助言できる事も無くはないと考えておりましただけで」
「マジ? じゃあどうやったらモテんの、オレ」
「お金があれば」「気の多い性格を改善なされば」
 前者がヒサメ、後者が琥珀。
 それぞれ槍玉にあげた点について両者は頷く。そして双方、自身が取り上げた改善点について意見を述べていく――アザミに向かって。
「まとまったお金入ったら直ぐ賭けごとに突っ込むのやめなよ。ああいうの、胴元が稼げるように出来てるんだから。どぶに捨てるのと変わらないよ」
「些細な切っ掛けで人を好きになれるのは貴方の美点です。気が多いのも、そういうさがなのでしょう。けれど許容されるかはお相手次第ですよ」
「依頼料は琥珀と似たり寄ったりなんだからさ。仕事増やして堅実に貯めれば同じくらい余裕できるはずだよね」
「どの店でも同じ様に尻尾振るのは悪手なのでは? 店同士、従業員キャスト同士の縁というのもあるのですから、もう少し警戒なされたほうが」
「この仕事馬鹿と同じ件数請けたらいいのかもね。ほとんど休み無しの苦行だろうけど」
「股を開きそうかどうかで姑息に狙いを変えるから信用されないのでは。……アザミ殿のご意見を伺ってもよろしいですか?」
「泣きそう」
 涙目のアザミは、建設的な話合いの出来そうな状態ではない。
 すると残った人間で改善方法を検討するほかないだろう――琥珀は賭博、ヒサメは恋人選びに論点を絞ってアザミの恋愛を円滑に進めるための意見を交わした。議論の端々でアザミが追い打ちをかけられていることも知らずに。
「……でも、賭博自体は別に悪くはないですよね」
 琥珀がふと零した。そのまま疑問を述べていく。
「賭博というのは、刹那的な快楽を金で買う娯楽でしょう。それは悪ではないと思います。彼が彼らしく日々を楽しむ必要経費であるなら、無駄な出費ではないかと」
 琥珀とヒサメは両者とも、恋愛への欲求が無い。
 なのでアザミの「モテない」悩みに改善案は述べるが、欠陥とは捉えない。賭博好きや恋愛体質は趣味や特質だ。ヒサメにとっての薬毒調剤、琥珀にとっては製菓と同じ。
――アザミ自身を曲げてまで恋人が必要なのだろうか。
 冷血非道と騒ぎ立てられ(気にはしないが)辟易へきえきするのが珍しくなかった二人に対し、平然と「性格じゃね?」と笑って受容してくれたのがアザミだったので。
 ヒサメもとりあえず提案はするものの、同様の疑念を抱きはじめている。
「悪癖も許容してくれる相手を探すのが建設的だと思う。でも、アザミが言うには『一途で可愛い系』が好みで、……一途な人間が、自分の浮気にだけは目を瞑ってくれるなんて虫が良すぎて現実味がないかな」
「それは確かに一理あります……となると、相手の好みは妥協する必要があると」
「僕も、琥珀の意見には同意するよ。仕事量も、お金を何に使うかも、自分で決めることだしね。アザミがしたいようにやってる事に口出すことでもないか」
「何にせよ彼自身が選ぶことですね。他人から強制する事ではない」
「どっちでもいい気がするよね。とりあえず、アザミが変わっても変わらなくても僕らは僕らだし。賭博断ちも娼館断ちも、協力してって言うならするけどさ、……ん?」

 ヒサメは動かないアザミをつつく。
 再三の催促にも顔を上げないので覗き込み、「わあ」と平坦に呟いた。
「琥珀、見て。すごい泣いてる」
「……アザミさん。こないだのご飯屋さん行きましょう。貴方が好きだと仰ってたお酒、入荷したそうですから」
「琥珀が奢ってくれるってよ」
「……すかんぴんにしてやっからな…………」
「ええ。そうしてくださいな」