「……死人との縁は切れないよ。今さら縁切りを頼もうったって、無茶な相談だ」
雪に埋もれ朽ちた社から、苦笑するみたいな声がした。
生きていたのかと驚く。しかしながら、土地神に信仰を捧げる唯一の信者は息絶えた。この土地神の命も長くはないだろう。
雪を掘って石段を探し当て、足元に注意して社へ至る。がらんどうの暗闇に呼び掛けた。
「……挨拶に、来ただけだ。……助けられなかった」
どころか、良かれと思って施した全て仇になったのではないか。彼女が不死者側に歪められていなければ、銀の弾丸は致命傷にならなかったと考えてしまう。
虚空に浮かび上がった手のひらは、彼女の銃創に触れてから、慈しむように瞼を覆う。
「……ああ、疲れたね。ゆっくりおやすみ」
優しい悲哀と、彼女の安息を歓迎する声色に、息が詰まる。
「ありがとう」と囁く土地神の手が、俺の頭を撫でてから消えていった。
相良の身体は、彼女の母親と同じ場所に弔いたかった。
彼女の母親は村で名が知られていた。彼女は実の娘だ、母親の隣に埋葬する許可をくれと頼み込み、半分は催眠暗示で誤魔化しながら力尽くで許可をもぎ取った
一人で埋葬すると言って村人を遠ざけた。きっと、唐突に死体を担ぎこんだ不審な男に近寄る人間はいないだろうが。好都合だった。
相良の死体は、表立って見せられるものではなかったから。
死後硬直が起きず、腐敗する気配もない美しい死体――その異常さは、彼女が不死身に近付いていたゆえの歪さなのだろう。肌の弾力もあり、瞳も澄みきった彼女の身体は、精緻に造られた人形のようにも思えてしまう。
相良の匂いに疼く吸血衝動はまだ消えない。肌を破れば新鮮な血が溢れるに違いない。
深く謝罪して、美しい死体の首に牙をたてた。
乾きが満たされる充足感は気持ちが良かった。想像より遥かに美味しい。飲むほどに食欲が抑えられなくなり、呼吸も荒らげ理性をなくし、脇目もふらず夢中で食らいついた。
残る一滴まで飲み干して、多幸感と甘い快楽で溶かされた頭のまま空を仰いだ。顔が熱く、やけに外気を冷たく感じる。散り散りになった理性が戻ってくるまで随分かかった。
「……ごめん。……美味しかった。相良」
自己満足だと解っている。血塗れの口元を拭いもせず、相良を抱き締め懺悔する。
彼女の血の味を覚えておきたかった。これ以上ない美食の記憶を刻みたかった。
――もう、誰の血も飲めなくなってしまえばいいと思った。
長い生にも色褪せない、消えない傷が欲しかった。本当ならば彼女の手で――そんな戯れ言は、もう決して叶わないことだが。
牙の痕が塞がっても、彼女は目を覚まさない。銀の弾丸は彼女の心臓を止めた。
死者は生き返らない。その理だけは、どう足掻いても不変のものなのだから。
