――俺は、自分の本能を制御しなければならない。
吸血衝動を重くしている一因は飢餓だろう。
血を飲むべきだ。恋人の真似事をする必要は無い。夜道で襲って記憶を消せばいい。獣同然の所業は苦しいが相良を傷付けるより――いや。俺の行動で不死者に不利益を齎すわけにはいかない。軽率な行動で怪物の存在が勘づかれるなど論外だ。
人間の男として近づき、性交渉を持ち掛けて隠蔽しつつ血も食らう。普段のやり口が一番安全だ。なのに、解っていても実行に移せない。相良への思慕を裏切りながら平然といられる自信がなかった。だから「食事」を控えて飢餓に陥ったのだ。馬鹿だと思った。
回らない頭で獏を頼った。起きていたのが幸いだった。
「なんであたしが吸血鬼の鎮静方法なんか知ってなきゃならないのよ。吸血鬼だからこういう生き物だ仕方ないって制御手段も探さず本能任せに好き放題やってきたツケが来てるだけじゃない」
真っ当な言い分にぐうの音も出ない。
術式の類に最も明るい不死者は獏だ。頼るには手っ取り早く、獏が知らないと言うなら一瞬で寄る辺がなくなる。今のところ絶望しか無いが、強力な術式遣いの目線から、吸血衝動の抑制に繋がりそうな助言や知恵が欲しかった。
「血くらい貰いなさいよ。別に良いじゃない、生き餌の契約ってそういうモノじゃなかった? 一滴残らず吸い尽くしても快復できるよう不死にする、でしょう」
「……食べたら、確実にそのまま襲う」
「やれば? どうせあんたから逃げられないわよ、あの子」
「……女だから見境なく手を出してると思われて終わりだ」
「あんたのこと良く分かってるじゃない」
「そうじゃないんだ…………」
俺の気持ちを伝えて、一途だと理解して貰ってからじゃないと許せない。
そも、性的なものは確実に彼女の精神外傷に触れる。どんな許しがあったとしても、相良からの「待て」で止まれる理性が伴わなければ駄目だ。絶対に傷付けたくない。
相良を加害する側にはなりたくなかった。その信頼は二度と取り戻せない。――取り戻せたとしても、決して自分を許せないから。
獏は呆れを隠さない。確実に軽蔑も混じっている。
「クズの癖して面倒臭いこじらせ方したわよねえ。あんた人格の素からしてクズなんだから、変に良い人ぶるくらいなら徹頭徹尾クズでいなさいよ。ていうかあんたの問題って吸血本能よりその下半身じゃない。貞操帯でも付けときなさいなクズ色魔」
「……そのクズを信頼してくれた相良を、裏切りたくない」
「暴露するなら早い方が傷浅くて済むわよ」
「……生き餌の契約を解く方法を知らないか」
「だからそれは吸血鬼の領分でしょ。同族に聞きなさい」
「、……吸血鬼で一番古い俺が知らないものを、他が知っているとは思えない」
「鬱になるなら判断能力も落としときなさいよ。無駄に冷静で面倒臭いわね」
完全にあしらう調子でしかない獏が、ふと思い付いて呟いた。
「好きな人間ほど美味しそう、ってのは初耳よねぇ……それは面白いかも。例えば、あんたが記憶を封印したら味って変わるの?」
思慕と味覚がどう影響しているかは不明瞭だが、獏の認識を否定する材料は無い。
封印が可能なのかと尋ねたところ「当然よ」と、気負わない返答があった。
「記憶操作ならあたしの領分だし、選択肢としてこれ以上は居ないわよ。あんたぐらい強い不死者相手に完璧に封印術式を施せるって意味でもね」
思慕さえ無ければ吸血衝動はもっと軽いかも知れない。
獏の提案に光明を見出しかけた瞬間、我に返る。
「……俺は、あいつを不死者にした責任は取る。一人にしないし幸せにする。守れなくなるような処置はもってのほかだ」
「……ご立派ねー。現状、あの子に一番加害しかねないのって誰かしら」
「…………っぐ、」
「近付くのも無理とか守る以前の問題よね。嫌ならずうっとそのままでいなさい」
