私達は棄児だった。男女の双子に生まれつき、ひと揃えに捨てられた。
鬱蒼と茂る木々に囲まれた山中で、私は「相良」と「琥珀」を、思い出した。
やっと立てるかという足を引きずり、兄の手を引いて人の気配を探した。素足を揃ってずたずたにしながら見つけた施設には、奇しくも私達と同じみなしごが身を寄せていた。
彼らは鬼子――生来、その身のうちに呪力を蓄え生まれた、異形化の危険を孕んだ子なのだそうだ。山中の孤児院は、要するに隔離施設であるらしい。
偶々、聞こえてしまった程度の話だけれど。
とはいえ彼や彼女らは、ごく普通の子ども達だったように見えた――ところで。
私の隣で無垢に笑う兄は、前生の記憶の一切を持たなかった。
不格好に子どもの振りをする私に、兄はよく懐いていた。どういう絡繰りなのか、何処にいても兄は労せず私を見つけた。一人でいる私に何を思っているのか、笑って隣に腰を下ろす。肩を寄せ、小さく歌を口ずさんでは、うとうと眠ってしまうのが常だった。
それでいいと思った。前世の記憶など兄には不要だ。普通の子どもとして、健やかに、平穏に、生きてほしかった。
時おり兄に向けられる視線を感じたけれど。その時々で対処していれば、獣に似た気配はじき姿を消した。心配の種と言ってもその程度。ほんの些細なものだった。
だから。孤児院で起きた惨殺事件は――面食らったと言ってしまえば間抜けだろうか。
鬼子のひとりが急性の鬼化変性をきたし、理性を失くして施設の職員を襲いはじめた。異形化の激しい身体は筋力も増強され、鎮静は困難が予想された。
戸惑う兄の手を取って、凄惨な景色の中を逃げ続けた。一面に立ち込める生臭さは目に痛く、兄は何度も嘔吐いた。隠れ凌ぎ、生者の気配が減っていくのを数えながら、鬼の標的となりうるものが、私達のほかに残っていないことを、悟った。
「……さがら? どこ、いくの?」
「此処で百を数えるまで、耳を塞いでいて下さい」
幼い手足で何が出来るかと聞かれれば、逃げが最善手と迷わなかった程度には心許ない。護身は「琥珀」の記憶頼みで、この身体はろくな修練も積んでいなかったから。
小柄な果物ナイフなら、子どもの手にも扱い易い。
鬼の腱を斬って無力化し、荷を整えて山を下りるつもりでいた。仮に敵意が消えなければ、確実に息の根を止めてから。
鬼の間合いに踏み込む。荒い呼吸は読み易い。
咄嗟に動けない隙を見極め、狙い澄まして――
「……――っ相良!!」
間違えようもない「兄さん」の声が、聞こえた。
平和ぼけた直感に気を取られるほど、私は温かった。
狙いを過たず両足を奪われた標的は、痛み分けのように私の腹を抉った。
立てなくなった鬼と、腹に風穴の空いた私が、仲良く地に伏した。
――兄は、思い出してしまった。
私に駆け寄った兄が、震えながら、幼い手を血に汚す。あまり触らないほうがいいと言い聞かせながら、鬼が這いずる音に耳を澄ます。
聴覚は鮮明、触覚も知覚も正常だ。腹の傷を恐れる気持ちは不思議と無かった。数分休めば手足も満足に動くようになると、謎の確信が支配している。
一度経験した最期とは違う。身体が全くつめたくない。
誰かの死体から剥いだ上衣で傷を隠し、少し待ってと頼みながら手を伸ばす。
私の落としたナイフが消えていた。
兄が、それを拾っていた。
「……兄さん? 危ないですから、それ、置いて」
兄が私を抱き締めた。私の血で服が汚れるのも構わず密着して、勿体ないくらい優しく笑いかけてくれた。頭を撫でて「大丈夫だよ」と囁かれる。凶器を下ろしてから言って欲しかった。
やめてくださいと懇願する声が、みっともなく震えた。
