佐倉――もとい不死者たる獏の手で、和泉の記憶の封印が終了した。
作業終了を待っていた多々良が、微かに声を尖らせる。
「サクラさん。先程の契約はいただけない」
「どうして? 欲しがってたじゃない、直属の工作員」
多々良が首を横に振る。子供に玩具を与える保護者みたいな台詞で済ませないで欲しい。多々良にとっての相良の真価は、そこではなかったから。
「僕が彼女に一番求めたいのは『彼ら』と一緒の場所に居てもらうことだよ」
「あんたの箱庭趣味も中々よね。素質を見極めて組ませる能力は認めるけど……あんたのソレは遊びでしょ。ペット同士が喧嘩したり仲良くなる様を眺めるのと同じ」
「前生ですっかり味をしめてしまったからね。人事を左右できるのは天職だ」
「過去なんか気に病まないことよ。いつかは必要な変化だった。結果はともあれ、あたしが目を掛けたあなたは、最高の役者だったんだから」
鬼を人間と認めてもらう。人権を獲得すると銘打った革命は失敗したが、転換点とはなり得た。福祉や権利の拡充といった主張を支持する民衆は少なくなかったから。
反乱を機に、中央主導型の政治も地方・中央合同での政治へと一新されていった。
鬼化変性の研究論文が見直され、鬼と人間との線引きがより明確になったことが仇となり、鬼に人権を与えるという要求のみが叶わなかったが。
「幕引きが勝利だったなら、きっと結末は違ったわ。彼らは官軍。歴史を描く側になれたかもしれない。家庭も、幸せも、栄誉も意のままだったかもしれない。そんな後悔はナンセンスよ。たまたま敗けてしまっただけ。後味が悪かっただけ」
「サクラさんは優しいね、慰めてくれなくても良いんだよ。僕が沢山の同朋に血を流させたことは事実だからね。趣味と実益に感傷を込めて、今の彼らを幸せにするさ」
「あなたが優秀な指揮官だったことも事実よ。駒の力を最大限に引き出せるあなただったからこそ、みな満足に死んだ。優秀な軍師の命じた死に、無為なものは一つも無かった。有象無象に意味を与えた。それは為しえ難いことよ」
記憶を保持して生まれ直した人間には、前生の遺恨が濃く残る。
異類対策部中央本部では、記憶を保持して生まれ直した犯罪者を潜在犯として拘束すべきだという意見もあった。火種となったのは多々良だった。その主張は棄却されたものの、中央本部所属の先祖返りが多々良を敵視する傾向は根強い。
過去、多々良に与していた人間が逆賊の謗りを受ける事例も多かった。
「棗くんは特に、今も迷惑をかけているからね。お詫びをしたかったんだけれど」
「面白がりたいだけでしょう。あんた、あの師弟がいたくお気に入りだったじゃない」
「おやおや。そうだったかな」
「残念だけどお預けよ。これは不死者の都合なの、あなたの陳情でもきけないわ」
多々良の脳裏に、内臓の損傷を自然治癒していた画が浮かぶ。
まさかと視線を送った先で、佐倉が「ご明察」と微笑んだ。
「そう、あの子は不死者よ。無自覚だけど。下手に社会に返してやって、対策部中央本部や民間の研究機関に捕まったらおしまい。だからあんたが首輪をつけなさい」
現場にいるのは軒並み孤児、転がる死体は惨殺遺体ばかり。記録できるのは死体の外見特徴が精々だ――相良とよく似た身体特徴を持つ女児の死体も転がっていた。
「相良は死んだ」と事実を誤認させるに十分な状況が揃っている。
佐倉は多々良へ、相良に別人の戸籍を用意するよう指示した。不死者ゆえに控えさせたい制限条項を羅列して、それ以外は好きにして良いと締めくくる。
「ああ、そうね。できたら北の街で放し飼いにしてもらえると嬉しいかも」
「珍しいね。楽しそうな顔をしてる」
「そう見える? ふふ」
佐倉はにやりと唇を歪ませる。
北の街で人間として暮らす、傍迷惑な吸血鬼の顔を思い浮かべながら。
「箱庭趣味、あたしも試してみようかと思って」
大人たちの相談ごと
あなたが幸せになるための朝(成)