不定形②

 少女を引き取った貴族名家が取り潰された。
 跡取りを含めた一族は離散し、好奇の視線から逃げるように行方を眩ませた。人の噂も次第に風化し立ち消えた。
 少女の噂は聞こえなかった。とうに死んだかもしれない。貧民窟や物乞いを捜しもしたが見当たらなかった。居たとしても、死ぬ予感のほうが強かった。
 死の可能性の一部を思い返す――飢餓、出血過多に感染症。人に騙され陥れられ、搾取され死ぬ末路。少女は妙に人を疑わないところがある。悪意に鈍化した結果「そう」なったとしても不思議には思わない。
 極端で突飛な行動、不器用、諦念、無抵抗。少女の素の気性が死を引き寄せる。未来が在りながら死が色濃い。あの珍しい人間は、そういう気質のものだった。

「オレの娘に手ぇ出してタダで済むと思うな!!」
 俺は街で追われていた。ここまで派手な大捕物に仕立てられたのは何年ぶりだ。
 追手は屈強な男ばかりだ。痛めつけろとの指示なのか、みな物騒な得物を携えている。
――誘ってきたのはお前の娘だ。俺が恨まれるのは筋違いだろう。
 多勢に無勢で武器持ちだろうと所詮は人間だ。切り抜けることは容易だが、追手を伸せば事態を大事にしてしまう。
 人を超えた治癒能力と怪物の膂力りょりょく。それが衆目に晒される危険は避けたい。
 人目につかない路地に隠れた。見られていないのを確かめ、姿かたちを「変える」。

 顔を変え、髪を変え、骨格から体躯を組み変える。
 吸血鬼に備わる変身能力は、人の記憶に残ってはいけない不死者にはあつらえ向きの、きわめて優れた隠遁術いんとんじゅつだ。

 あとは知らない素振りで街を出るだけでいい。
 わずかばかり高くなった視界にも、すぐ慣れるだろう――

「……依頼主の意向とあらば仕方ありません。少しばかりご辛抱いただきましょう」
――思わず足を止めたのは、懐かしい「死」の気配のせいか。

 損害の割には自然に治る、それがいいと。起伏のない男声が聞こえた。
 狩人は、足を止めた獲物を逃さない。するりと忍び寄る気配は家屋の屋根を伝い、進行方向を塞ぐかたちで音もなく着地する。
 事務的に刈られた短い黒髪は、それでも、昔のままの青を秘めてさらさらと揺れた。
「相良?」
 顔を黒布で覆っているが、身にまとった豊かな「死」は少女のものに違いない。
 随分と背が伸びた。顔が隠れていようと成長は見て取れる。
 華奢な影が迷わず此方に駆けてくる。手を振りあげ――その勢いが微かに惑い、
「? その声、まさか……マキさ、」
 あちらも気付いた。が、間に合わない。

 鼓膜を破ろうと振りかぶっていた手を、少女は無理に軌道修正した。
 俺も咄嗟に後退したが、避けきれない――その結果。

 路地には強かな平手打ちの音が響き、俺の頬は真っ赤に腫れあがった。