詮索しない姿勢を褒めた女は、音の失せた雪の晩、洗いざらいの真実を俺に託した。
女の過去と、双子の男親の話だ。
「よくある話だよ。その昔、僕の身体を金で買いたいという無粋な貴族がいた。俺は当然断ったんだが……楽団を潰すとまで脅されては、な」
貴族の男との約束まで十数日。女は、贔屓にしてくれていた貴族や、信頼のおける男に話を持ちかけ、毎夜相手を変えて身体を重ねた――全ての男に避妊を禁じて。
元凶の貴族にも抱かれた。強姦だった。貴族は、女を孕ませようと躍起になっていたらしい。屋敷に軟禁されかけたところを信奉者の手引きで逃げ出し、村に隠れて生きてきた。
腹には子がいた。それが少女と兄の双子だった。女に鏡写しの双子の父親は、女自身にも最期まで見当がつかなかった。
「咄嗟の機転にしては、悪くない賭けだったと思っているんだ。幼馴染みの意気地なしを誘惑してやることも出来たしな。……っふふ、あれはいい表情だったよ。不覚にも惚れ直しかけた」
自分から舞台を奪った仇か、結ばれなかった恋慕の相手か。
双子の父親が誰なのか。そこに含まれる両極端な可能性は、女が自身に残したかった、一縷の希望だったのかもしれない。
「この双子は、望まれなかった子どもか」
「……いまさら聖母は気取るまいよ」
乾いた笑みには、刃物のような激情が透けていた。
痩せ細った病人の手がふらりと彷徨い、子どもたちの喉へと伸びる。
「この子達は、舞台の光の中では出逢うはずもなかった生命。私の生の翳りの象徴。決して消えない痛みを想起させる刃。ああそうだ。そうだとも。だが」
もしもこの女が、どんなものにも成り代わるというなら。何者でも演じてみせると豪語する歌姫なら――唐突な思いつきに目が覚める。頭を殴られたような心地だった。
その母親の顔は、もしかすると。
「――っ止、」
痩せた指は愛おしげに、子どもたちの喉元を撫でた。
心拍が一瞬だけ乱れた気がした。我に返り、訝りながら手を下ろす。
「……私の立っている昏い場所を照らしてくれた、唯一つのまばゆい光だ。出自など、問わないよ」
穏やかな笑みが真意だったかは分からない。
それでも俺は、客観的な事実を正確に伝える責務を請け負った。
『この子達は、私の誇る魔法の後継。最愛を捧ぐ双つ月だ』
で、あるならば。その眼差しは母親の顔であったと、言い切ろう。
少女は最後まで耳を傾けた。質疑応答を挟み、遺言は誤解なく伝達された。
「恐らくその秘密は、母自身と……母の望んだ父親候補しか知らないのですね」
「ああ」
「……やっと合点がいきました。当人らに嘘の意識が無いなら、真実らしく聞こえる筈だ」
別れ際、少女は深く頭を下げた。雨足は未だ弱まらないというのに窓を開け放って、俺に陳謝したまま動かない。
ざあと鳴り続ける雑音に包まれながら、少女はずっと、そうしていた。
少女に関わる俺の義務は、このようにして全てを終えた。
