情報屋さんの相棒には秘密がある

「人肉を好んで狩りに行く鬼?」
「はい。そういう鬼さんって居ますか」
「いないいないいない、そんなん居たら早急に首輪つけないと職務怠慢でこっちが死ぬ」
「いつもありがとうございます」
 裏街の治安維持に与する鬼は「よせやい」と笑った。

 食事いらず眠りいらずで元気いっぱいの鬼畜生は、放っておけば割とよく死ぬ。裏街で騙されて死に、冬を越せず死に、鬼化末期タイムリミットを迎えて死ぬ。初々しい新入りが即日解体のち誰かの端金はしたがねに変わったりするし、いそいそと引越し蕎麦を持っていく間抜けはたいてい食いものにされる。お前がカモ。
 鬼の非合法自治区が今のところ野放しなのはそれで問題ないからであって、好奇心で表に繰り出し一夜の火遊びなんてしようものなら裏街まるごと焼き討ちにされかねない。愚か者はさっさと解体バラして換金せよとは先人の知恵。
 鬼や裏街を守る金言は「人間社会に害をなさないこと」で、自警団もそれに倣っている。人肉嗜好鬼が表の人間を狩って喰らうとかぴっかぴかの不祥事だ。

 自警団の羽織からのぞく腕は、薄緑色の鱗に覆われ硬化している。異形の爪が長考に頬を叩いて、やはり知らないとかぶりを振った。
「人喰鬼、だっけ。鬼とはいえ元は人間で味覚も大差ないし、試しに人肉食べてみようったって忌避感が勝る気がするけど」
「……えっと、人間の頃から興味があったら」
「希少な変態は居るよね。もちろん、解体屋からの人肉購入ルートをご案内だよ。九割五分は納得して貰った実績があるから安心して」
 裏街で完結するぶんにはオッケー。所詮は外道の街なので。
 比較的やさしい感性を持つ少年は、残り五分の末路を考えないよう聞き込みを終えた。
「みそら留守番? 猫吸いさせて欲しくて」
「ネコスイ……? みそらさんはお仕事に行ってくれてます」
 背中を丸めて帰っていった。えげつない速度で遠ざかる後姿が眩しい。鬼を抑止する役割は必然的に運動能力に秀でたものが取り立てられるため、少年は自警団に並々ならぬ憧れを抱いていた。


『ご主人はピュアでまじめだからねえ、そういうのは悪意に敏いかクソ鈍感じゃないと参っちゃうよ』
 自警団は一介の鬼には言えないようなことも沢山している。末期の鬼を送る役目も彼らであり、きっと少年にそれは出来ない。
 長いこと少年に寄り添ってきた三毛猫は、彼の甘っちょろい気質を呆れながらも好んでいる。だから少年が食いものにされないよう目を光らせ助言してきた。

 動物会話の異能は貴重だ。意思疎通の精度と種族を問わない利便性、呪力の燃費の良さを換算すれば価値はぐんと跳ね上がる。
――ところで鬼の異能というのは、本人の角を呪具に加工してしまえば本人以外が使えるようになる。鬼の死体に高値がつくのはそういう絡繰からくりだ。
「前よりはましになったよ」
『もちろん逞しくなったとも。でも中々ね、ひとの欲ってやつは厄介なのさ』
 少年の異能の真価を理解してすぐ、能力の過少申告および嘘をつき通す訓練をさせた。でも目敏い人間は居るのだ。情報屋を頼る前に業者自体に調査を入れて力量を吟味してくる性格の悪い奴とか。
 ただ、それくらい慎重でないと身ぐるみ剥がされるのも分かるので許した。
 少年の角は加工師や呪具商にとって垂涎の的だ。それこそ殺してでも欲しがる不埒者が湧くくらいには。
『ま、そういうのはお姉さんに任せておきなよ』
「頼りっぱなしでごめんね」
『へんなこと言うねえ。友人に頼られて嫌なわけないのに』
 少年の暮らしを守るため烏たちと結託しているのは内緒だ。
 彼らの嘴でちょちょいとすれば柔らかいものは潰れるし、多勢で囲んでギャアギャア鳴くだけで人間はパニックを起こしていた。きみ達そんな言葉知ってたんだねえという罵詈雑言の嵐だったので、少年の前では彼らもそれなりに紳士ぶってるらしい。
 お返しではないが、その一件では彼女もきっちり地金を晒したためお互い様。少年には秘密ということで合意した。

「みそらさん、ネコスイってわかる?」
『……うんとねえ、きみ以外にはされたくないやつ』
「分かった。ちゃんとお断りする」
『ご主人ならいいよお』
「だめだよ、みそらさんが嫌なことはしない」
 爪でたやすく裂ける頬がほころび、いつでも噛みつける無防備な喉が震えた。
 彼女の好きな声が、出会った時と変わらない柔さで彼女を撫でる。
「あなたのこと、ひとりの友人として尊重するって約束したから」

 かつて彼女が人として生を受け、家族に愛されてきたことを、少年だけが知っている。